君は太陽

 

 

松島聡くん、23歳のお誕生日おめでとうございます。君と同い年になれる今日からの3ヶ月弱を、今年も愛おしく思います。去年のこの日は、半休をとってカラオケでBirthday for youを歌って、渋谷のヒカリエで緑のケーキを食べ、ブラック校則を観に行った。去年は去年で楽しかったけれど、今年は、今の君の姿を思い浮かべておめでとうを言える幸せに、もっとずっと心がそわそわして、目に見える何もかもがきらきらと祝福の色を纏っている気がします。

 

 

聡くんを好きになったのは、聡くんがお休みしている間だった。SexyZone気になってるんだけど…と打ち明けたら友人が快く貸してくれたライブDVD。リペとSTAGEだった。松島聡くんがSexyZoneの太陽と言われていることは知っていたけど、実際ライブを見てその意味を知った。華やかでキレがあって、だけどそれだけじゃない。彼がいると、グループのパフォーマンスに温かさと安心感が宿って見えた。わたしは今まで「〜は太陽だ」という比喩は性格的な明るさや華やかさや眩しさを示すものだと思っていたけれど、松島聡くんが太陽と言われる所以は、彼の持つ根源的な温かさなのだと知った。みんな素敵でなかなか担当を決めきれずにいたけど、ふと目にしたセクチャンで、聡くんの「結婚するまでキスしない」発言が俳優に6年間のガチ恋を拗らせていた心にぶっ刺さり、あまり爽やかとは言えない気持ちで「この子の担当になる」と決めてからは、あっという間だった。こういうタイプの子を今まで好きになったことないんだけど…と戸惑いと驚きを覚えながら、YouTubeの聡くんのまとめをむさぼるように見たり、過去の雑誌の発言にツッコミを入れたり、CDの特典映像に笑い転げたり、ライブ映像でそのギャップに胸を鷲掴みにされて苦しくなったりした。1年と9ヶ月の間で、君を知らなかった7年間にたくさん触れることができた。だから、聡くんのことをずっと見てきた人たちよりはたぶん寂しさを感じなかったのだろうし、そのぶん無邪気に君の帰りを信じ続けられた。

 

 

それでも、やっぱり8月12日は泣いてしまった。在宅勤務のなか、もうすぐ始まるJr.の配信ライブのことを気にしつつ開いたタイムラインは、みんな君の名前を呼んでいて、呼吸を浅くしながらはやる指でFC動画のリンクをタップした。勝利くんの後ろをトテトテとした足取りで頭を低くしながらやってきて、「大変皆さんご無沙汰しております。SexyZoneの松島聡です」と、1年9ヶ月の間、友だちよりも家族よりも毎日聞いていた声でそう言ったとき、休止前をそんなに知らないわたしに泣く資格があるのかどうかわからなかったけれど、どうしたって涙を止めることができなかった。会いたかった。すごくすごく会いたかった。初めて会った聡くんは、わたしが1年9ヶ月の間で見てきたどの聡くんよりも、かっこよくて可愛くて綺麗だった。あの日は、暗澹たる2020年で、初めて未来が楽しみだと思った日だった。聡くんがお休みしていた間のSexyZoneも、ずっとその煌めきと誠実さで好きを更新し続けてくれていたけれど、あの8月12日を境に、地球の明度は確実にひとつ上がった。実際、その数日後発表されたオンライン配信ライブへの切り替えのお知らせ動画は、これまでの公演中止のお知らせとは演出家が違うんじゃないかというくらいとても賑やかで明るいものだったし、目に見えて他の4人がそわそわウキウキとしているのが、ラジオやテレビ番組で伝わってきた。わたしの好きな人はこんなにも温かく周りを照らす人なんだと、4人に囲まれた聡くんを見るたび、復帰から3ヶ月経った今も、新鮮に嬉しくなる。

 

 

「キラキラアイドル松島聡です」と自己紹介する聡くんの動画を、聡くんについて検索してるときYouTubeでよく見かけた。その中で聡くんは周りから激しめのツッコミを入れられていたけど、わたしはこの言葉ほど聡くんにぴったりな自己紹介の言葉はないと思う。「自信がない」と聡くんはよく口にする。それなのに、そんな憂いさえもステージの上では結晶になってきらきら眩く反射するんだから不思議だ。天性の、なんて言葉はその人の努力を蔑ろにするみたいで好きではないけど、それでも君はやっぱり天性のキラキラアイドルだよ。そして、いつもアイドルであろうしてくれる誠意と努力は、それ以上に好きです。

 


聡くんは「恩返しを」と何度も言ってくれるけど、わたしは勝手に聡くんを好きでいるだけだから、君のペースで、君が幸せだと思うことをひとつずつやっていける23歳であればいいなと思います。君が優しい愛情にくるまれて、すくすく、ふくふくと笑える年となりますように。

 

 


君と一緒に迎えられる初めての君の誕生日がすごく嬉しいです。

 

君の温かさが大好きです。


23歳おめでとう。